アイウィルスタッフが綴るトラベルトピックです
海外旅行、経済的な旅、楽しいたびを実現するご参考にしてください。
今までの旅での出来事、そして自由気ままな旅の話です。お気軽にお読みください。



ついにビートルズの街、リバプールへ到着。
1989年、夏。忘れじの夏だった。


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1980年に初めてアメリカに行ってから、相当時は流れ、次に海外を訪れたのは1989年の夏、イギリスだった。なぜイギリスだったか?ビートルズだから。それだけ。他にもいくつかは理由はあるけれど、ロンドンでアビーロードスタジオ行ったり、ポールマッカートニーの家を眺めたり、そして最後はリバプールに行くのが目的だった。

僕の海外への熱はビートルズが発火させたのは前にも書いたとおりだけれど、ついにその火元にやってきたわけだ。

ロンドンでは、彼らの音楽スタジオだったアビーロードへ。カナダからのファンと一緒に横断歩道を渡って写真。今もどこかにその写真はあるはず。


ロンドンではビートルズが無名時代によく泊まったプレジデントホテルに宿泊。ホテルクラブでも割引予約できる中級ホテルだ。



そして、ついにユーストン駅から電車でリバプールへ。ライムストリート駅。マギーメイの歌詞にも出てくるリバプールの駅。涙。感激。歩く足取りが浮いている。

そして歩くほどに近づいてくるキャバーンクラブ。ビートルズが出演したリバプールのバー。目にしたときは、神話の中にいるような気持ちにもなった。


落ち着きを取り戻して、近くのバーに入った。中で(酒じゃなくて)コーヒーを飲んでいると、隣にいたおじさんが「一緒に仲間にはいって飲めよ!」ってんで、参加。で、で、で、そこにいた顔を見たらブットンだ。ビートルズの最初のマネジャー(ドイツハンブルグ時代)だった、アラン・ウィリアムス。キャバーンクラブのDJだった、ボブ・ウーラーが目の前に座っているではないか!

舞い上がった。目を疑った。涙も出なかった。声も出
そうになかったけれど、やっと何か話して、それから
最後まで(つまり朝まで)なにがなんだかわかんない
ままに、話続けた。嬉しかったし、彼らの歴史の一部
に触れたことに何より感激してしまった。

日本に帰ってから、彼らから手紙が来た。今も自宅の
額に飾ってある。
忘れることができない…いや、忘れるはずがない旅となった。今も自分の心の財産なのだ。

今でもポールマッカートニーの「フラワーズ・イン・ザ・ダート」を聞くと当時を思い出す。
その作品がNO1ヒットとなってロンドンで流れていたとき、
僕はこの旅の真っ最中だった。




*以下の写真はアランウィリアムス(男性の方)

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