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ハワイの音楽 Hawaiian Music ハワイホテルクラブ

ケアリイ・レイシェル  なだそうそう pri

   
                   

偉大なミュージシャンになったフラダンサー
 
正直売れるなんて思ってなかった・・・みんなそう思ってたんじゃないか?

ケアリイ・レイシェルがハワイで最初にナンバーワンヒットを出したのはもう20年くらい前になるんだろうか(今は2017年)。彼がハワイですでに有名な伝統的フラのダンサーであったのは当時も伝え聞いていた。でも、ナンバーワンヒットが出てきて、それが続いてミュージシャンとして地位を確立するとは思ってなかった。凄い魂のある歌い手であることはわかったけれど、僕はなにか日本人として、日本で彼が有名になっていくこが相像できなかった。浅はかだったってことだけど。

でも、あながちそれは僕だけでもなかった。多くのレコード会社の人も、タワーレコードあたりの販売店の人も、さらにはハワイの音楽関係者も、ハワイでならまだしも日本で少しでも売れるなんて誰も思ってなかった。まして、最初のCDはどうもジャケットが日本では不評だった。あのフンドシ姿で踊っているのはどうも・・・という感想がすごくたくさん聞かれた。



でも、そんな中で一番すごかったのはビクターのディレクターだろう。その誰もがダメだししてるさなかに、彼のCDの日本発売の契約してるわけで。それでしっかりプロモーションもやって、毎年日比谷野外音楽堂で夏になるとコンサートもやってきて、今ではちゃんと毎年満員になってるし。そのディレクターもいまやお偉いさんになってしまったけれど、才能を見つける力があったってことなんだろう。

でも、ビクターと契約してケアリーも大正解だったんだろうなあ。実際、日本で人気が定着してくるまでしっかりCDも発売してもらってきたんだから。

この、日本の沖縄のグループ、ビギンの曲である「なだそうそう」をハワイ風にアレンジして歌ったのももしかしたらビクターのそのディレクターさんが歌わせたのかもしれない(未確認です)。だとしたらやっぱりプロデュースの才能あるなあ。だって、これあまりにはまってる。まさにケアリーが歌って、沖縄の曲をハワイのオリジナルみたいに歌い上げてしまっている。お笑いなのは、ハワイで一般のファンがこの曲はケアリーの曲だと思っている人がかなり多いってこと。つまり日本の曲のカバーとは思ってないわけだ。さらにつまるところ、それだけハワイに、またケアリーにマッチした曲を選曲して歌ったっていうことだ。

僕は涙そうそうは大好きな歌だから、おそらくどちらかといわれれば日本のオリジナルを選ぶかな。でも、このハワイバージョンを聴くとき、正直言うと僕も日本の曲のカバーとしてあまり聴いてないことがある。もうケアリーの歌声に染まってハワイの曲として聴いてしまっていることもあるわけだ。

ケアリーは本当にすごい才能があるんだとやっぱり思う。だからやはりハワイでも日本でも、フラダンサーという枠を超えてミュージシャンとして大成功したんだろう。だからこんなすごい個性をもった沖縄の曲でも、エッセンスを吸収してアレンジして自分の曲らしく歌えてしまうんだろう。

そう思うとやっぱりビクターのディレクターもすごいって思うなあ。あのフンドシジャケットから、ここまで育て上げちゃったんだから。敬服です。




MAHALO & ALOHA !!
    Takeshi